はじめに
中小企業の経営者の高齢化が進むなか、身近に後継者が見つからないという「後継者不在」は、多くの会社にとって深刻な課題となっています。
こうした状況を背景に、事業承継M&Aは、親族や社内に後継者がいなくても会社を存続させられる有効な選択肢として広がってきました。
しかし、市場が急速に拡大する一方で、対応しなければならない課題もいくつか明らかになってきています。
特に近年、大きな話題となっているのが「悪質な買手」によるトラブルです。
今回は、事業承継M&Aで顕在化している課題と、その対策としてどのような制度整備が進められているのかについて解説します。
なぜ「悪質な買手」が増えているのか
現在、M&A仲介業を営むためには宅地建物取引業のような許認可が必要とされておらず、他の専門的な業種と比べて参入障壁が低いという特徴があります。
市場が急成長し、案件数や仲介事業者の数が増えるなかで、専門知識や倫理観に欠ける事業者が一部参入しているとの指摘もなされています。
案件を成立させることばかりを優先し、売手企業やそのオーナーの利益を軽視するようなプレイヤーが混在していることも、こうした状況の一因とされています。
こうした状況を背景に、後継者不在に悩む中小企業をターゲットとした「悪質な買手」によるトラブルが顕在化してきました。
ここでいう「悪質な買手」とは、事業の継続や成長を目的とせず、対象企業の資金や資産から不当に利益を得ることを目的として、M&Aの仕組みを利用しようとする買手企業を指します。
事業承継や事業成長を目的とする一般的な譲り受け企業とは、根本的に目的が異なっている点に注意が必要です。
「悪質な買手」による3つのトラブル
「悪質な買手」問題として近年よく見られるのが、次の3つの手口です。
いずれも、M&Aの成約後、売手であった経営者が対応に苦しむことになる点が共通しています。

現金の抜き取り
買収を完了させた後、売手企業の資金を買手企業側が吸い上げてしまうという手口です。
資金管理の名目で売手企業の口座から現金が移動させられ、結果として従業員への給与支払いや取引先への支払いが滞り、最終的に倒産に追い込まれてしまうケースが報告されています。
買収後の会社の実質的な経営権を握った買手企業が、資金の流れを自由に動かせる立場を悪用することで生じるトラブルといえます。
経営者保証の未解除
会社が金融機関から融資を受ける際、経営者が個人で保証人となる「経営者保証」を差し入れているケースは少なくありません。
M&Aによって会社を譲渡した場合、通常はこの経営者保証も解除されるはずですが、悪質な買手のケースでは、解除されるはずの経営者保証がそのまま残されてしまい、譲渡したはずの会社の借入について、譲渡した経営者自身が保証債務を引き続き負うことになってしまう事例が発生しています。
すでに経営から退いたにもかかわらず、会社の借入リスクだけを抱え続けることになるため、譲渡した経営者にとって特に深刻な問題です。
譲渡対価(譲渡金)の未払い
株式譲渡契約書には、譲渡対価や退職金等の支払い条件が明記されます。
しかし、悪質な買手のケースでは、この契約に明記された支払いが実行されず、売手であった経営者が対価を受け取れないまま取り残されてしまうという問題も発生しています。
事業を譲り渡した後に、当然受け取れるはずであった対価を受け取れないという事態は、その後の生活設計にも影響を及ぼしかねません。
課題に対応するための制度整備
こうした悪質な買手問題は、メディアでも大きく取り上げられ、社会的な関心を集めるようになりました。
これを受けて、中小企業庁は「中小M&Aガイドライン」を策定し、M&A仲介事業者が守るべき行動指針を明確化しています。
ガイドラインでは、仲介事業者が依頼者に対して負う忠実義務や、依頼者に不利益となる事実を含めた適切な説明を行うことなど、事業者側が遵守すべき基本的な考え方が示されています。
また、2021年には「M&A支援機関登録制度」を開始し、一定の基準を満たしたM&A仲介事業者やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)を登録する仕組みを整えました。
この制度のもとで、中小企業庁は登録事業者の実態把握を進めており、資格制度の導入も検討されています。
登録事業者にはガイドラインの遵守などの基準を満たすことが求められる一方で、登録を受けていることが、事業承継・M&Aに関する公的な補助制度を活用するための要件のひとつとなる仕組みも設けられており、事業者にとって登録には一定の意味があります。
民間においても、M&A仲介事業者が中心となって業界団体を設立し、売手となる中小企業オーナーを保護するための自主的な取り組みを強化する動きが進んでいます。
仲介会社側の責任も問われる時代に
悪質な買手問題においては、その買手を紹介した仲介会社の責任も厳しく問われるようになっています。
実際に、不適切な買手であることを認識しながらM&Aの仲介を行ったとして、「M&A支援機関登録」の取消処分が実名で公表された事例も生じており、登録制度が創設されて以降、初めての厳格な行政処分として注目されました。
こうした処分は、悪質な買手を紹介した仲介会社自身にも重い責任が及ぶことを示しています。
事業承継M&Aを検討する経営者にとって、どの仲介会社に相談し、依頼するかという「仲介会社選び」自体が、非常に重要な意思決定になっていることが、こうした事例からも分かります。
仲介会社の実績や登録状況だけでなく、依頼者の利益を第一に考えた提案や説明を行っているかどうかも、あわせて見極めることが大切です。
事業承継M&Aで悪質な買手を避けるためのポイント
事業承継M&Aは、後継者不在という深刻な課題を解決できる有効な手段である一方、進め方を誤ると今回ご紹介したようなトラブルに巻き込まれるリスクもあります。
事業承継M&Aを検討する際には、以下のような点を確認しておくと、悪質な買手によるトラブルを避けやすくなります。
・仲介会社が「M&A支援機関登録制度」に登録されているかどうかを確認する
・「中小M&Aガイドライン」を遵守した対応を行っているかを確認する
・経営者保証の解除条件や、譲渡対価・退職金の支払いスケジュールを契約書に明確に記載してもらう
・買手企業の実態(事業内容・資金状況・過去の買収実績など)について、仲介会社を通じて十分な情報開示を求める
・契約内容について、事前に弁護士のチェックを受ける
まとめ
・事業承継M&Aは有効な解決策だが、市場拡大に伴い「悪質な買手」によるトラブルも顕在化している
・主なトラブルは「現金の抜き取り」「経営者保証の未解除」「譲渡対価の未払い」の3つ
・中小企業庁は「中小M&Aガイドライン」の策定や「M&A支援機関登録制度」の運用により対応を進めている
・悪質な買手を紹介した仲介会社が行政処分を受けた事例もあり、仲介会社選びの重要性が高まっている
・登録制度への登録状況やガイドライン遵守状況の確認、契約内容の事前チェックなどが、トラブル回避のポイントになる
株式会社ファーストキャピタルでは、事業承継M&Aの検討段階から、信頼できる譲り受け企業様の選定、契約内容の確認まで、専門家として一貫してサポートしております。M&Aによる事業承継をご検討の際は、お気軽にご相談ください。