はじめに
M&Aにおけるデューデリジェンス(DD)は、対象会社の状態を確認するための調査というだけにとどまりません。
DDは、M&Aの目的から出発し、最終的には取引条件や買収後の統合(PMI)へとつながっていく一連のプロセスの一部です。
本記事では、M&A支援に携わる立場から、DDが全体としてどのような流れで進められるのか、そして案件の内容によってどのようなDDが追加で検討されるのかを解説します。
DDはM&Aの目的から始まる一連のプロセス
DDと聞くと、財務や法務の専門家が対象会社の書類を精査する調査そのものをイメージされる方が多いかもしれません。
しかし実務上、DDは「何を調べるか」を決める前段階から始まっています。
まず買手がそのM&Aによって何を得たいのか、どのような戦略の実現を目指しているのかという目的を明確にすることが、DD全体の出発点になります。
M&Aの目的が定まると、次にその目的を実現するうえで欠かせない要素、すなわちシナジーが実現するための前提条件や、実現を阻害しうるリスクについての仮説を立てていきます。
DDは、この仮説を検証するために設計される調査であり、目的や仮説とは無関係に、あらかじめ決まった項目を機械的に確認していく作業ではありません。
そして、DDで得られた情報は、調査結果を報告して終わりというものではなく、最終的な取引条件や、買収後の統合計画にまで反映されていきます。
DDを、買収の可否を判断するための一時的な作業と捉えるのではなく、M&Aの目的から統合の実行までをつなぐ一連のプロセスの一部として捉えることが重要です。
(下図は、DDから取引条件・PMIまでの流れを整理したものです)

このように、DDの設計はM&Aの目的とシナジー・リスクの仮説をもとに行われ、その結果は取引条件の設計や、買収後のPMI(統合作業)に引き継がれていきます。
DDの範囲や深さをどう決めるかという論点も、この一連の流れのなかで検討されるべき事柄です。
基本4分野のDDは案件を問わず実施される
DDには多くの種類がありますが、そのなかでも財務DD、税務DD、法務DD、そして事業の実態を確認するビジネスDDの4分野は、案件の規模や業種を問わず、多くのM&A案件で共通して実施される基本的なDDと位置づけられています。
財務DDでは対象会社の収益力や資産・負債の実態を、税務DDでは過去の申告内容に問題がないかを、法務DDでは契約関係や権利関係に法的なリスクがないかを、それぞれ確認します。
そしてビジネスDDでは、対象会社の事業そのものの競争力や成長性、買収後のシナジーの実現可能性を検証します。
これら4分野は、いずれの案件においても、対象会社の実態を把握するための土台として欠かせない調査であり、基本的にはどのようなM&A案件でも実施が検討されます。
案件の内容によって追加される専門DD
一方で、この基本4分野だけでは十分に把握しきれない論点が、案件の内容によっては存在します。
対象会社が古い基幹システムに依存している場合や、買収後に大規模なシステム統合が想定される場合には、システムの老朽化度やセキュリティリスクを確認する専門的なDDが必要になります。
また、M&Aの目的が人材の獲得や大規模な組織再編にある場合には、人員構成や人事制度、未払残業代のような労務リスクを確認するDDが重要になりますし、対象会社が工場などの資産を保有している場合には、土壌汚染をはじめとする環境リスクを確認するDDが検討されることもあります。
(下図は、案件の内容によって追加が検討される専門DDの代表例を整理したものです)

このように、DDの内容は、基本4分野を土台としながら、案件固有の事情に応じて柔軟に組み立てられていくものです。
どの専門DDを、どの程度の深さで実施するかは、対象会社の事業内容やM&Aの目的、想定されるリスクの大きさによって変わってきます。
DDメニューをどう取捨選択するか
DDに充てられる時間や予算には、当然ながら限りがあります。
対象会社に関するあらゆる論点を、あらゆる分野について徹底的に調査することは、現実的には難しい場合がほとんどです。
そのため実務では、あらかじめ定めたM&Aの目的や買収の戦略に立ち返りながら、限られた時間とコストのなかで、どの論点を重点的に確認すべきかという優先順位をつけていくことになります。
この優先順位付けの際に手がかりとなるのが、先に立てたシナジー・リスクの仮説です。
想定しているシナジーが崩れるとすればどのような場合か、想定しているリスクが顕在化するとすればどこに原因があるのか、そしてその仮説を定量的に検証するためにはどのような情報が必要かを具体的に考えることで、DDで本当に確認すべき論点を絞り込んでいくことができます。
調査項目をむやみに増やすのではなく、当初定めた目的や戦略に照らして「何を把握できれば意思決定ができるか」を見極める姿勢が重要です。
外部専門家の活用と最終判断
財務DD、税務DD、法務DDといった専門性の高い分野については、公認会計士や税理士、弁護士といった外部の専門家の知見を活用する場面が多くあります。
専門DDについても、システムDDであればITに詳しい専門家、環境DDであれば環境調査の専門会社など、それぞれの分野に応じた外部の専門家に調査を依頼するケースが少なくありません。
もっとも、DDとは、外部専門家の知見を踏まえながらも、最終的な判断を行うのは買手自身であるという性格を持つ調査です。
DDの設計においてどの論点に重点を置くかを決めるのも、DDの結果を踏まえてM&Aの実行可否や取引条件をどう定めるかを決めるのも、買手自身の役割です。
DDは調査作業にとどまらず、買収後にその戦略をどう実現していくかを具体的に考えるための準備プロセスでもあります。
外部専門家に調査を依頼する場合であっても、丸投げにするのではなく、買手側の担当者が調査の進捗や論点を継続的に把握しておくことが望ましいといえます。
DDの途中で新たな論点が見つかることも少なくないため、当初の調査計画に固執せず、必要に応じて調査項目や深さを見直す柔軟さも求められます。
また、複数の専門家が分野ごとに個別にDDを進める場合、ある分野で見つかった論点が、別の分野の調査結果と関連していることもあります。
財務DDで見つかった収益構造上の特徴が、ビジネスDDにおけるシナジー仮説の検証材料になったり、法務DDで判明した契約上の制約が、システムDDにおける統合方針の検討に影響したりすることもあるため、分野をまたいで情報を共有しながら進めることが、精度の高いDDにつながります。
まとめ
DDは、対象会社の状態を確認するだけの調査ではなく、M&Aの目的から出発し、シナジー・リスクの仮説の検証を経て、取引条件の設計や買収後のPMIへとつながっていく一連のプロセスです。
財務DD、税務DD、法務DD、ビジネスDDという基本4分野を土台としながら、案件の内容によってシステムDDや人事DD、環境DDといった専門的なDDが追加で検討されることもあります。
限られた時間とコストのなかでDDの範囲を適切に設計するためには、当初定めたM&Aの目的やシナジー・リスクの仮説に立ち返りながら、優先順位をつけて論点を取捨選択していくことが欠かせません。
M&Aを検討される際には、DDを単なる調査作業として捉えるのではなく、買収後の統合や戦略実現までを見据えた一連のプロセスとして、早い段階から計画的に進めていくことをおすすめします。